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何となく、彼はさう云ひたげであつた。実際それは咽喉まで出かゝつていた。若し彼が理窟といふものを知つていたら、日常の些細ささいな事柄からでも尤もらしく意見をすぐに云ひ立てるあの「町の衆」のやうな頭があつたら、彼は勢ひこんで口にしたであらう。だが、彼はさういふ小むつかしいことは面倒臭かつたし、又下手だつた。彼はたゞ感じた。そして暖昧な身振りをしただけだつた。
「それとも、あれかね。やつぱり日露戦争のときみたいに、船で吉賀の先の浜へ上つてそれからやつて来るんかね」
「はあて、神主さんになるのもえらいもんだのう」
「うん、何かア」
「今日はほんの御挨拶に上つたので、いづれ又ゆつくり――」
近づきながら、何となくほの紅くなつて、中声で叫んだ。そして、房一の傍にいる小谷と徳次を認め、小腰をかゞめた。括くゝられてふくらんだ袖口からは気持のいゝ白い腕が露はれていた。
と、その稍落ちつきのない女らしい黒瞳くろめがちな眼を道平に向けた。
「それをよこしたまへ。二足なんていらんよ」
彼は今泉からドイツ兵の捕虜と聞いたとき、かつて若い単純な頭にはげしい印象を灼やきつけられた、ロシア兵達の驚くべき腕の長さ、のろい大まかな身振り、何とも解しがたい瞬時に大きく開かれたり又縮まつたりする碧い眼や唇の動き、――それらは今徳次の目の前に突然鮮明な記憶をよび起したのである。
と、小谷は人差指と中指を二本突き出して見せて、
と、彼は恐しく手まどつて答へた。
実際、練吉の滑つこい気持よくふくらんだ頬には、その時ちらりとした微笑の影がさしていた。
「へえ、どういふわけでせう」